伊勢堂岱遺跡
世界遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」を巡る旅は続く。今回は伊勢堂岱遺跡を訪れた。年代的には紀元前2,000年から紀元前1,700年頃ということなので、「大湯環状列石」とほぼ同年代という事ができるのかもしれない。伊勢堂岱遺跡は秋田県北秋田市にある遺跡で、これまで訪れた縄文遺跡関係では一番遠くに位置している。と言うことで、今回も安比高原に前泊しての遠征である。一応地図でも確認しておく。大館能代空港建設に際してのアクセス道路建設において発見された遺跡とされていて、当時の県知事の英断によりアクセス道路を迂回させ遺跡を保存したそうである。現在では世界遺産の一部を構成しているので確かに素晴らしい判断であったと言えると思う。赤いマーカーは伊勢堂岱縄文館である。伊勢堂岱遺跡はそこからやや西にある小高い丘陵の上に位置している。タイトル画像は遺跡のある丘に向かって登っている様子である。
大湯環状列石と同年代ということで、ここでも大規模な環状列石を見る事ができる。ここの遺跡の特徴は、埋葬された痕跡が確認されている事だと思う。また大湯環状列石のうち万座環状列石で確認された掘立柱建物跡も確認されている。ここでは柱のみの復元で上屋までは復元されていない。遺跡毎に研究者が違うと解釈も違ってくるという事だろう、正解はないのでそれぞれの解釈で良いと思う。
肝心の環状列石は、大湯環状列石における解釈と同じように、基本的には集団毎のお墓という解釈のようだ。遺跡のある丘には竪穴住居などの住まいの痕跡は発見されておらず、この丘は祈りの場とか墓地などの神聖な場所とされていたのではないかという事だった。この丘が見える低地に竪穴住居があり、何か祭事の時、葬祭の時に丘に登り祭り事を取り行ったのかもしれない。
環状列石の直径が大き過ぎて写真に収まりきらない。空港建設よりずっと以前に、鉄道建設において丘陵の裾野付近を開削したらしい、その際に配石遺構の石が多く出たようなのだが、時代が時代だけに有耶無耶にされてしまい、現在ではその周辺では環状列石の一部が残っているだけとなっている。遺跡が重要視される前の時代のことなので単純に批判ができないが、その時に道路を作らなくて良かったなとは思う。当時ここに道路を通そうとして遺跡が発見されてもきっと石を全部撤去してしまっていただろうから、幻の世界遺産になるところだった。日本列島改造論で消えていった遺跡は相当あるんだろう。残っている遺跡だけでも維持されていくことを祈ってる。そうそう、この遺跡では地元公民館の行事で来訪していたグループに混ぜてもらいガイドツアーにも参加させていただいた。ボランティアガイドの話を一生懸命聞いていて、伊勢堂岱縄文館の中でユニークな土偶がたくさんあったのに写真を撮り忘れてしまったのが残念だった。また行くさ。
最終更新日: 2024年11月17日


