史跡尾去沢鉱山
尾去沢鉱山とは、鉱脈型銅鉱床と呼ばれる脈状の銅鉱脈を採掘した鉱山で、史跡尾去沢鉱山は、これらの坑道・採掘跡を一般に公開した施設のこと。近世から近代にかけての貴重な産業遺産が多く残されており、日本の鉱業の変遷を見ることが出来る。尾去沢鉱山の発見は、奈良時代の和銅元年(708年)であると伝えられていて、1300年以上の歴史を誇る鉱山である。縄文を除けばこれまで見学してきた中で一番古い遺構と言える。場所を地図で確認する。住所としては、秋田県角野市尾去沢字獅子沢13-5。真ん中の赤いマーカーが坑道の入り口である。手前には大きな駐車場があり、周辺にはゴーカートやシューティングなどの娯楽施設もあったようであるが、現在は廃止または休止中である。昭和の遊園地的な趣の施設に感じられた。
坑内は一年を通して気温が18度と低く、特に夏場は外気温との差が大きいため寒く感じるようで、場内アナウンスではしきりに防寒対策を訴えていたのが印象的だった。また、寒さ対策として入場券売り場ではレインコートを販売していた。Tシャツはちょっと無謀かもしれないが、寒く感じるのは強風が吹く入り口付近が最も強く、中へ進むにつれて風も弱まり、歩くことで体温も上がるのでギリギリ我慢の限界的な境界線上(笑)。まあ長袖はあった方が良いとは思うが。
見学コースは長い方では総延長1.7Kmにも及び、45分程度の時間がかかるようである。坑道の内部は足元は整備されており、歩くのに苦労は無い。逆に整備しすぎてしまい、世界遺産にノミネートされなかったのか、と思わせるような平坦な坑道床となっている。昭和は、現在の世界遺産のような、そのままを後世に残す的な発想は少なく、観光資源として有効活用するための整備や改造は積極的に行われていた時代である。そのまま埋もれてしまっていれば、現代の価値観で発掘・保存からの世界遺産登録へと繋がったと思うのだが、当時、資本力があり、それなりの需要もあったことから、観光地や遊園地として整備する方向へその力が向かってしまったということなのだろうと個人的には思う。
冒頭で脈状の銅鉱脈を採掘したと書いたが、まさにこれがその採掘跡で、鉱山と言えば下に向かって掘っていくイメージを持っていたのだが、ここでは上へ上へと掘っていたようである。江戸時代の採掘跡もあるのだが、電気の無い当時は、蝋燭の明かり等で採掘していたのかと思うと、想像を絶する世界だ。
よく掘り上げたものだと思う。
水平移動にはトロッコのレール上をバッテリカーが走っていたようである。垂直移動にはエレベータのようなものを使用していたようだ。出口に続くのはお土産館。観光地ならではの作り、昭和はこんな観光地が多かった。夏休みであるが人はまばら、続いているだけありがたいと思うことにする。ちなみにタイトル画像は、坑内事務所をマネキンを使って再現したものである。
最終更新日: 2024年12月1日


